第4回 魚谷雅彦氏
今回のゲストは、「ジョージア・男のやすらぎキャンペーン」「爽健美茶」「紅茶花伝」などを手がけ、日本コカ・コーラの〝26年ぶりの日本人社長(当時)〟として社内の構造改革を推進してきた魚谷雅彦さんです。そのプロフィールから、安藤歯科クリニックの患者さんとは言え、簡単に今回の対談企画を受けてくれるのか案じていましたが、その心配はあっけなく裏切られました。元ライオンにてヘルスケア部門を担当していただけに歯科に関する知識、思いは大きく予定時間を大幅に過ぎても、終始微笑を絶やさず、安藤先生と話が続いていきました。
最初はたまたま家族の歯科医院として、紹介されたのがきっかけでした。
安藤:
魚谷さんが、私の医院にいらっしゃるきっかけはなんでしたか?
魚谷:
そうですね。今から5、6年前だったと思いますけれどね。考えてみると、自分自身とか家族とかって、みんな歯医者さんってばらばらに行っていましてね。
安藤:
そうなのですか、それまで。
魚谷:
僕にしてもやっぱり仕事の関係で、オフィスの近くのところがどうしても、仕事の合間を縫っていくと便利でしたし。女房は女房で、やはり自分の生活パターンの中で、家の割と近くで。子どもは、母親は同じところも多かったと思います。ですから、ファミリーでひとつの歯医者さんに一緒にお世話になるなんて発想はあまりなかったですね。 安藤先生を知るきっかけは、家族の者が歯を診てもらう話をしたら、その人のご主人が安藤先生とお知り合いということで、「もしあれでしたらいい歯医者さんいらっしゃいますよ」って言われたのが始まりです。どちらかというと今まで歯科医院にはあまり満足してなかったので、「信頼できる歯科医院をご紹介いただけるのでしたら」ということで、安藤先生のところへ家内が伺ったのです。 その後のことは今でも覚えていますけれど、帰ったとき家内が、「すごいいい先生にめぐり合えた」と言って、感激していましたよ。
安藤:
今日、魚谷さんの家のほう向いてもう拝まなきゃ。(笑)
魚谷:
それで子どももお願いするようになってきて、上の子どもがこれも帰ってきたとき、「あそこの先生のところで麻酔をしても痛くない」。すごく驚きだったようです。
それから半年ぐらい後ですかね、私自身がどうだったかなった時に、自宅から安藤先生のところまでは実はちょっと遠く、電車に乗ると小1時間、車でも混でいると1時間近くかかりますが、家族の強い推薦がありまして、「行ってみよう」って、そのとき思ってね。それ以来お付き合いをさせていただいていることになります。
安藤:
最初の、奥さまがお見えになったときに、コカ・コーラって聞いて、「ん?歯医者の敵ですね」って言ったら、奥さまが「そんなことないです、そんなことないです、爽健美茶もありますから」。「あれはいいですよね」って。「あれは歯にいいですよ」なんて笑いながら話した記憶がありますね。
魚谷:
確かに、企業が社会的に大きくなって利益が出たりすると、ある意味で非難されたりバッシングされることは、ある意味で必然です。そのことを企業側がそれを覆い隠していても仕方ないので、僕は積極的に、例えばコカ・コーラ、それは糖分、砂糖が入っていますから、むし歯ができやすくなるので、ちゃんと歯磨きをしっかりして口内環境ケアすることが大切ですと、社会に積極的にコミュニケーションをしていくことが、企業の社会責任の1つだと思います。今の安藤先生のお話しは、企業の典型的な社会責任についての話ですね。
安藤:
うちの子どももやっぱりコカ・コーラ好きなんですよね。コーラ好きですけど、今おっしゃったように、ケアをちゃんとしてくれれば、確かに問題はありません。今のコーラの話は、奥さまへの冗談ですけれどね。
魚谷:
よ~く、分かっています。(笑)
実は、歯科医院に予防の大切さを話してまわっていました。
安藤:
魚谷さんは以前、歯科医に関係の深いライオンにいらしたのですよね。
魚谷:
僕もほんとにそもそも、英文科を卒業しましてね。英語が好きで、留学制度のある会社に就職したいと思っていました。本当は、総合商社に行きたかったんですけれど、当時は学部指定というのがあって、総合商社には文学部は行けなかったんですね。それで、日本の強みは物づくりと技術だと思いメーカーに志望を変えたのです。そのメーカーの中で留学制度なんか調べていくと、当時のライオン歯磨きという会社が海外に毎年、特にアメリカに留学させているので入社したわけです。 奇遇ですけど、歯科界と関係のある仕事でして、最初に新入社員で入って与えられた仕事は、「1日1回ちゃんと歯を磨きましょう」という運動を学校なんか行ってやったり、企業の集団検診をやったり社会的なことをやっていました。また、日本ではドラッグストアとか、スーパーマーケットで歯磨きが売られていますが、口腔衛生の中心となる歯科医院での予防対応が欠けていました。この部分を広めることを、ライオンの事業をとして行っていく部門ができた翌年にたまたまそこに僕が配属されたわけです。
安藤:
あのころはもうむし歯の海の中で野戦病院でしたからね、どこでもね。
魚谷:
そうですね。
安藤:
もう予防なんて考えもしないし。
魚谷:
僕も記憶あります。その頃ちょうど私たちは、歯医者さんでプラークコントロールを指導するための歯磨きとか歯ブラシとか、フッソ塗布の器械とか、そういうものを普及していくというので。
安藤:
当時のアメリカには、予防の意識はあったのですか……。
魚谷:
それは、日本とアメリカを比較すると比較にならないぐらい進んでいました。ちょうどアメリカのクーパー社という会社と日本で、そのアメリカの仕組みを学ぼうというので、ライオンが合弁会社をつくって、着手したばかりだったんですね。 僕の記憶では、当時アメリカに勉強に行かれた先生方が帰ってきたときに、よくジャケットの胸ポケットに歯ブラシを差して帰ってきたものです。
安藤:
ああ、やっていました、やっていました。
魚谷:
それで帰国してきた歯科医は、先進的な予防を、ブラッシングも何かバス法とかいろんな方法だとかを指導されたりしていました。それでも大半日本の歯科医院は、医院に行くと靴がいっぱいになって、何十人も患者さんがいて、むし歯とかの治療で患者さんがあふれていました。 それで、その患者さんをほんとに、変な話、こなしていくのに精いっぱいという感じで、「ちょっと予防の話をしたいのですが」というと、大半のところでは「時間ないから、衛生士に話しといてよ」と言われたものです。それでも、10人に1人か2人ぐらいの先生が、「うん、その辺を勉強したいと思っているんだ、興味持っているんだ」と、言ってくれたのを覚えています。
安藤:
10人に1人もいたんですか。
魚谷:
ええ、興味を持ち始めてる方はいらっしゃいました。まだ実際はなかなかできていなかったと思いますけれど。
安藤:
今から何年前ですかね。
魚谷:
1977、78年ですから、ちょうど30年ぐらい前でしょうかね。それでライオンの研究所でつくった、「むし歯はなぜできるのか」っていう、ストラプトコーカスミュータンスがどういうふうに形成されて働きをするかという、電子顕微鏡を使ってつくった資料があったので、それを持って回って、いろんなところで衛生士さんの勉強会とか歯科医師会のスタディーグループとか、その資料をお見せして、「一緒にやりましょうよ、こういうことは大事ですよ」って、話してまわっていました。
安藤:
位相差顕微鏡を持って、今僕たちが患者さんにやっていることを、歯医者相手にやっていたんですね。(笑)なるほど。
30年前に理想と思っていた歯科が、今の安藤歯科クリニックです。
魚谷:
当時は僕みたいな、それこそ新入社員、まだ大学出て入ったばかりの1年でしたけど、どこか地方の先生方の勉強会に行くと、まさに「先生」なんて僕まで呼ばれまして、「いや、あなたが先生です、私は先生ではありません」と思ったんですけど、そんな体験をしたのが、歯医者さんとの関係の始まりでした。
安藤:
当時はメーカーの新入社員が直接歯科医院の衛生士に指導する機会があったんですね。
魚谷:
大いにありました。
歯科衛生士さんの衛生士学校に指導や啓蒙活動で行きましたし、衛生士会の勉強会にも参加しました。それから医院に行ったとき感じたことは、衛生士さんが本来の衛生士さんの仕事をしている人は多分少なかったことです。
安藤:
そうでしょうね。
魚谷:
ええ。しかし先生方の中には、予防の大切さを理解していて、このままではいけないんじゃないかと思っている方はいました。歯科衛生士は、本来の衛生士業務をできないで悩んでいる方は多かったんですね、当時。 「私は本来何をすべきなんだ、助手しかやってないけど」みたいな。そういう動きが歯科衛生士の中に少しずつあったので、歯医者さんの中にも、「うちの衛生士、何人かいるのを、ちょっと休みの日に預けるから、勉強会一緒にやってくれ」とか、そういうのもありましたね。
安藤:
そういうドクターが10人に1人ぐらいはいたんですかね。魚谷さんは、衛生士業務が歯科医院におけるウエートというのは大きいことを理解なさっている方だと思うんです。しかし30年ぐらい前って、患者さんは、衛生士も助手も区別つかなかったじゃないですか。
魚谷:
わかっていませんでしたね。
安藤:
そうですよね。私の医院では、歯科衛生士は本来の衛生士業務をできるような教育と環境を備えるように努力しています。
魚谷:
ですからまさにその通りで、ちょうどその30年ぐらい前に、私たちがいろいろお話しさせてもらって、「本来こうあるべきなんじゃないかな」っていう、あるべき姿みたいなことを議論したことは、まさに安藤歯科クリニックさんで実現されているって、僕は感じます。
安藤:
ということは、魚谷さんの今まで歯科医院体験では、歯科衛生士業務が確立できているところはあまりなかったんですね。
魚谷:
そう思いますね。やっぱり本来的に、当時も言われたのはアメリカの歯医者さんっていうのは、ちゃんとデータベースがあって、いわゆるチェックアップという言葉が、今でも記憶あるんですけどね。チェックアップの時期になるとちゃんと通知されて、別に今むし歯が進んでいるわけでなくてもチェックアップに来院して、少しリスクのあるところがあれば対処対応するとか、またよりきれいにするとか、そういう、「へー、そんなために歯医者さんにわざわざ行くの」っていうのが、そのころのアメリカの歯科医院でした。 今まさに安藤歯科クリニックでは、それをやっていただけて、うちの子どもたちなんかも、「あ、安藤先生のところから『そろそろどうですか』って来ちゃった、早く行かなきゃ」とか言っているような、そういうシステムができていますよね。
患者さんには、「ウエルカム」ではなく「お帰りなさい」です。
安藤:
歯やお口の健康だけではなく、癒しというか、魚谷さんを代表するような日本の企業戦士の方には、歯科医院ではホッと一息ついて欲しいんですよね。ベネフィットといいますか、受診するとむし歯が出来づらくなるというメリットじゃなくて、もうちょっと深いベネフィット、そのベネフィットで一番考えているのは、心も体も休んでいってほしいなと。皆さん忙しくて、現代人は昔と全然違いますよね、ドッグイヤーというか。だから、治療はできるだけ痛くなく行うのは基本で、その後は、もうお休みになっていただく。寝ていただけるぐらいに。
魚谷:
寝ていてもいいと。
安藤:
寝てもらって目が覚めたら、「ああ、ちょっと休めたな」と、すっきりして、お口もすっきりしていただきたいと思っています。ですから当院の歯科衛生士たちには、患者さんには家族を迎えるみたいな気持ちでいなさいと教育しています。「ウエルカム」では足りない、「お帰りなさい」です。
魚谷:
ウエルカムバック。
安藤:
そうです。安藤歯科の歯科衛生士は全員「お帰りなさい」の気持ちを持って患者さんをお迎えしています。
安藤先生に出会う前は、歯科に行くことが自体がストレスでした。
魚谷:
でも、確かに安藤先生がおっしゃるように、そもそも患者の立場から言いますと、歯医者さんに行くって極めて大きな精神的ストレスなんですよね。どの病気もそうかもしれませんけど、特に歯医者さんに行くというとまず思い浮かべるのは、恐らく多くの人が、あのドリルっていうんですか、ギーって、「あれ痛いんじゃないかな」って、まずそれなんですね。内科行くのに別にああいう器具があるわけじゃないので、歯医者さんというとまずドリル(タービン)があって、それをイメージしただけで、体が少しこわばります。安藤先生の医院でも、最初はそうかなと思っていましたけれど、だんだんとコミュニケーションしてきまして、今では全く体がこわばるなんてことはありませんね。 人間ってやっぱり精神的にいろんな意味で影響を受けますから、安藤先生の医院に通い続ける理由の一つには、些細なことですが、靴を脱がないということです。スリッパに履き替えること、これも1つのストレスだと思うんですね。誰が履いたか分からないスリッパを履いて、靴をどこか靴箱に入れて診療室に入って行くって、こういったフィジカルな動作の中にも、「いよいよ治療に向かうんだ」っていうストレスがあります。
安藤:
なるほど、なるほど。
魚谷:
僕は患者ってそういうものだと思うんです。通常は、スリッパに履き替えて、診療台に座りますと、カチャカチャと金属音がして診療器具が目の前にでてきてきます。これがダメですね。安藤先生の医院は、バリアフリーで診療台に座れて、そうするとまず衛生士さんが来られて、挨拶から始まって私の口の中の状況を見て説明してくれます。極めて手際がよくて、「この人の治療はこういうふうにしなきゃ」と、多分事前に十分打ち合わせされていることが伝わってきます。 安藤先生の処置の前段階の準備というのをサッサッサってされて、「それでは、先生をお呼びします」という、この一連の流れがひじょうに自然でスムーズです。必ずその時に、「今日はすごく暖かいですね、寒いですね」から始まるようなコミュニケーションがそこにあるっていうのは、患者の気持ちをリラックスさせますね。すごく重要なことだと思います。
安藤:
17年かかりましたからね、このレベルにたどり着くまで。執念ですよね。「どうやったら自分の理想とする歯科医院の在り方を、部下に伝えられるのか」「どうやったら自分の思いを達成できるのか」といった現実の引き寄せ方との格闘の17年間でした。もう絶対にあきらめない。失敗とも思わない。ある意味すごい思い込みですよね。他人には失敗としか見えないスタッフ教育も、当の本人の私は、成功までの過程にしか思えない17年でした。
魚谷:
そのことを僕の言葉で言うと、何かどこかの遠いところにですが志を持っているからだと思うんです。志という言葉は好きで、私の場合は企業の中でリーダー的存在になって、何かみんなのハッピーなことのために、社会に対して、何か新しい商品だとかの価値をつくっていきたいとかっていうマーケティング的な志がありました。どんな志も、安藤先生のスタッフ育成に17年かかったように、すぐに明日から今日から上手くいくわけはありません。
安藤:
おっしゃる通りです。
魚谷:
山あり谷ありだし。でもそのときに、おっしゃるように、「じゃやめた、やっぱりもう無理だわ」って言うのと、「いや、まあ失敗もしたけど、でもやっぱり目標に向かって取りあえず行こう」と。向かっていくという執念ですよね。
安藤:
ええ、その通りです。まだまだ医院には、物足りないことがたくさんありますけれど。(笑)
内部の意志統一と価値観の共有が顧客から選ばれる条件
安藤:
私は歯科医師ですけれど、他業界の経営者に友人、知人が多いのですが、成功している経営者を見ていますと、秀才型の頭のいい人の方が、僕から見て割と苦労しています。どっちかというと、凡人のほうが、凡事徹底じゃないですけど、こつこつ、こつこつ、ウサギと亀みたいなもので、凡人でも偉大なる凡人になるのですよね。それは、人の声を聞くことができるからでしょう。
魚谷:
なるほど。
安藤:
私はそのような経営者を見てきて、歯科医院を作るとき心がけたことがあります。魚谷さんは当院のことを、トリートメントに入るまでがすごくストレスがない医院とほめてくださいました。これは私の思いやビジョンをスタッフに伝えるには、どのような医院設計にするべきかから入った結果だと思っています。具体的には、スタッフに私の思いを伝え、またスタッフの声を聞くことができる場所を、診療スペースと同等に価値を置いて設計しました。その結果、約70坪の診療室の30坪が、コミュニケーションと患者さんの診療データスペースになってしまいました。多くの患者さんは、約30坪のスペースを知らないのですが、このスペースがスタッフ育成と患者さんの満足を生み出していると自負しています。
魚谷:
安藤歯科のような設計の医院は都市部では珍しいでしょう。
安藤:
都心部の平均的な歯科医院は、約30坪弱で診療スペース以外のスペースは、その10%程度ではないでしょうか。これでは、コミュニケーションや診療データベースを満足に管理することはできません。私は、削って詰めて被せて終わりというデンタルラボは作りたくなかったのです。きちっと患者さんとのコミュニケーションがとれて最高の医療サービスを提供するデンタルオフィスを目指しました。日本の歯科医院は、まだラボラトリーなのです。詰めたり被せたりする生産性を重視したスペースを大きくした、歯科工場のようなところが多いように思います。それでは、満足なスタッフ教育もできませんから、患者さんには満足を感じてもらえるわけがないと思います。
魚谷:
そうですよね。それは企業も同じだと思いますよ。結局は、僕はよく言うのですけれど、究極的には私たちはお客さまがわれわれの商品を買ってくださって、それも継続的に買ってくださる百何十円かの積み重ねが年間のビジネスになるわけですね。そのおかげで会社が成り立っている。ということは、お客様にこの商品がいいと決めていただいたり、われわれが伝えたいと思っていることが伝わったりするためには、内部でちゃんと意思統一ができてなかったり、価値観が共有できてなかったり、お客様にこう提供したいと思っているようなことが、ちゃんとコミュニケーションして理解し合っていなければ、絶対できませんよね。
まして、私の会社は、それにプラス楽しみというのをすごく大きな要素としているんですね。ファン・アンド・エキサイトメントという英語を使っているんですけれどね。お客様に、単なる飲み物だけど、世界中で売っているこの商品というのは、何か、自分たちが友だちと一緒に、気分が盛り上がる、高揚感のある時とか、何かプラスアルファのもう1つのバリューみたいなものを、価値みたいなものを、飲み物にくっつけて、精神的なものや情緒的なものを伝えたい。そういうことはほんとに、社員がみんなうつむきかげんで仕事をしているような企業では、「お客さんに喜んでもらってスカッと飲んでもらおう」ってテレビのコマーシャルだけで言っても、そんなことは虚像にしかなりませんからね。
やっぱり内部でそういうことのための、例えば、私らの会社の環境、社内の、例えばピープルデーという名前で社員の議論するような場だとか、僕らの方針の話をし、それに対してみんなが自由に意見を言える会だとか、社員の意見を吸い上げる機会が必要です。例えばちょっとエンターテイメント性のあることもやったりして、昨日も実は集まりがあって、水泳の北島康介さんが来てくださったんですけどね。北島さんは、日本コカ・コーラに所属していますから。すると社員は、ものすごく何か自分たちのプライドを感じてくれるじゃないですか。「彼をサポートしたのは私たちだ」っていう。北島さんが「オリンピックで2回金メダルを取れた、コカ・コーラさんに所属して、皆さんがサポートしてくれたおかげです」とか言ってくれると、自分たちが仕事をしていることの意義みたいなことを強く感じてくれるのです。1つの例ですけどね。
そうやって、ほんとに社員の、スタッフ間のビジョンの理解とか、それはものすごく僕らもエネルギーと、ある意味では投資をしています。今、安藤先生が言われた、医院の設計1つにしてもそうだと思いますけど、すごく勉強会やスタッフ間の意識の共有に時間を使っていらっしゃることは、僕はすごく共感できます。
安藤:
魚谷さんを見ていて、僕はとてもバランスのとれた人、友人の中では、本当にピカイチですよ。社員の内部に顧客を大切にするっていう発想ってどこから来るかというと、家族を大切にしているところから来ると思います。
まさにさっき魚谷さんが言われた、社員とのコミュニケーションの機会を設けることの大切さです。
安定感のある人っていうのは、家族を大切にする。家族を大切にするってことは、社員も内部顧客みたいな感じで大切にする、その先にお客さんがあって、こういう思いは健全といいますか、本来そうあるべきですよね。一番身近な人を、そういう人は自分も大事にしているし、家族も大事にしているし、社員も大事にしているし、そうするとその先のお客さんも大事にしています。決して売るのが先ではないのですよね。
行動の変化を起こすには、まず人の心が動いてないとね。
魚谷:
世の中って、僕の人生観的に言うと、悪い意味合いで言うのではないですよ。いろんな矛盾というものが常に、矛盾というのか、conflictっていうのですかね。……trade offっていう英語がいいのか分かりませんけど、例えば強いリーダー、今のオバマ大統領、合衆国の大統領、ものすごくみんなの期待を集めてヒーローとして出てきましたね。もちろんこの人が強く旗振って、「この方向に行くんだ」。だけど彼1人で何もできないわけですよ。それはやっぱり今もやっているけどスタッフ、それから議会の協力と理解、そして国民にすごく呼びかけていますよね、行動変化を起こしてくれと。だから、リーダーは必要だし、ビジョンを出して、その方向性を示すのは大事だけど、でも一方で自分1人では何もできないということを悟ることも極めて大事だと思うんですね。
そうすると、やっぱりさっきの志を一にしてやってくれるスタッフ、それからその先にいる人、だんだんと広がっていくと思うんですけど、それをどこまで伝えられるかという、共感を得られるかというところが大事だと思っていて、僕は最近、ここの医院経営でも同じだと思うんですけど、やっぱり行動変化を求めているんですよね、みんなね。
本読んだりして、いろいろ知識は、今の時代もういっぱいあるわけですね。情報源もあるし、インターネットで何か検索もできるし。だけどその知識を知恵に変えて、そして結局のところ何かアクションにつなげたい。世の中それがなかなかうまくいかなくて閉塞感が今、政治だとかにあるのだと思うんですけどね。だけど行動の変化を起こすということは、人はやっぱり心が動いてないと。
安藤:
なるほど。
魚谷:
形だけ「言われたからやりました」じゃなくて、心が伴ってほんとの行動変化が起こると。心を動かすということは、その人が「なるほど」ってどこかで納得したり感動したり驚いたりとかして、何かそういうものがないと駄目だと思います。それも極めてうまくというか、結果的に巧みにというか、オバマ流マーケティングが、今回アメリカでやられてると思うんです。そんな意味で、社員もそうだし、医院のスタッフの人もそうかもしれませんけど、やっぱり何かそこに1つ気付きがあって、「こういうふうにしたらもっと患者さんのためになるんじゃないか」とか「医院のためになるんじゃないか」っていう気付きを持つとか、それに伴う何か新しいアクションを起こす、行動を起こす、そこをみんな見たいし、期待していると思うんですけどね。
われわれ商品売るのだってそうです。お客さんに、これだけ広告だとかいろんな意味で情報いっぱい来るわけでしょう。この会社の、あの会社の広告が。東京、関東圏に住んでいる生活者、消費者って、1カ月間に、例えば、テレビのコマーシャルって、種類でいうとどのくらいの広告が放映されているかご存じです?
安藤:
知りません。
歯科医院にもブランドが求められる時代
魚谷:
自動車業界、家電、いろんなもの含めて、1カ月間に3500あるんですよ。そんな数を生活者が、分かるわけない、理解できるわけがないですよね。受け取れるわけないですね。ということはやっぱり、いかにそういう人たちに、でも心に通えるものをどういうふうにするか、そしてその中から、あの会社のあの商品、何かをご記憶いただいて、その場になったときに選んでいただくのか。選択していただくのかと。今は、以前のように物が充足してなかった時期と違いますから、溢れていますから、やっぱり選んでもらわなきゃ駄目なんですね。選択です。
われわれの商品、いわゆるブランドって言っていますが、隣には競争会社の商品がコンビニエンスストアに行ったら所狭しと並んでいますよね。その中で、例えば冷蔵ショーケースをパッと開けたときに、約2秒間なんですよ。もう、ぱっと見た瞬間、あそこでじっと開けてじっと見ているっていう人はほとんどいなくて、平均すれば約2秒の間にもう勝負決まるんですね。そのときにわれわれの商品に手がいくか、隣の競争会社の商品に手がいくか、「やっぱりやめた」ってケースを閉めちゃうか、ですね。
ということは、いかにほんとにその人にメッセージを届けられているかということが大切なのです。僕らはそれをマーケティングという仕組みの中でブランドづくりをして、あなたの求めている、お客さまの求めている価値に、ニーズに合ったものを提供できる、商品を提供していますとメッセージを発信するわけです。われわれはこういう会社です、そして企業のCSRとか、そういうものと相まって生活者に伝えていくことがひじょうに大切だと思います。
恐らく歯科医院の世界も、30年前に私、初めてかかわった時すでに、「もうすぐ飽和になるよ、なるよ」とは言われていましたけれども、まだまあ・・・何とか。
安藤:
なるほど、そうですね。
魚谷:
以前に比べて、現在は六万数千軒と聞いていますけれど、恐らく一言で言えば飽和状態、供給と需要のバランスでいえば、もう完全に供給過多ですね。ビジネスのように医療のことをあまり言うのはいかがなものかとも思いますけれども、しかし経済的に成り立たないと医院は継続できないわけですから。そう思うと、やっぱりビジネス的なセンスも必要になってくるように思います。 例えば、安藤歯科クリニックを、自分が求めているものとか、自分の何か気になることだとか、そういうのをいつもケアしてもらえるので、というブランド力みたいなものを患者さんや生活者に、どれだけ感じてもらえるかということが大事だと思います。
私の一家なんか、安藤歯科クリニックのブランド力が、極めて強いわけですよ。
安藤:
ありがとうございます。
リーダーはビジョンを打ち出して、その方向性を示すことが大事、しかし一方で自分1人では何もできないということを悟ることも極めて大事だと思う。
そうすると志を一つにしてやってくれるスタッフ、それからその先にいる人、だんだんと志の輪が広がっていくと思う。志をどこまで伝えられ、心底共感を得られるかが大事だと思います。歯科医院経営でも同じだと思う。
魚谷雅彦