第2回 中原英臣先生
今回のゲストは、あのダーウィンの進化論にご専門の遺伝子理論から新しい光を当てた「ウイルス進化論」など、ユニークな視点による多彩な研究活動で知られる医師の中原英臣さんです。
中原さんの活動範囲はさらに医学の狭い枠を超え、今や科学的な英知の裏づけを持つ高邁な社会評論家としても、多分野に及ぶ鋭くユニークな発言がマスコミ等で高く評価されています。
この中原さん、実は安藤歯科クリニックとは浅からぬご縁があるのですが、対談はまず、その話題から始まりました。
劣等生の患者から優等生の患者へ
中原:
安藤先生は、実は私の主治医なんですよね(笑)。先生に歯を見ていただくようになってから、もう何年ぐらいになりますか。
安藤:
途中の空白も入れて通算すると、15年以上にはなるんじゃないでしょうか?
中原:
私の知り合いで、世間的にもかなり名前を知られているお医者さんがいまして、私の歯の調子が悪いというのを知って、安藤先生をご紹介いただいたんです。
安藤:
当時は東中野の駅を挟んで、現在の場所とは反対側で開業していました。
中原:
そのとき実にきちんと治していただいたんです。それでもう嬉しくてね。先生からは定期的にメンテナンスに来なさいと言われて、私もそのときは「よし、これからはメンテナンスも定期的にするぞ」と決心したはずなんですが(笑)、結局、放置してしまった。
医者の不養生というわけでもないのですが、確か8年ぐらいたってからでしょうか。歯が欠けたりして、またぼろぼろになってしまった。それでどうしようもなくなって、先生のところに来たら、えらく怒られました(笑)。「いったい、何をやってるんですか」と。
そこからきちんと治すのに1年半ぐらいかかりました。それからはもう肝に銘じて、ちゃんとメンテナンスに通っています。
安藤:
1か月おきぐらいに見えてますか。
中原:
そうですね。だから年に7~8回は通っていることになります。8年間も放置していたころとは180度違い、今は模範的な患者です(笑)。私はきちんと教育されると、優等生になるタイプなんですよ(笑)。
私も今年で62歳ですから、歯がこれから自然に丈夫になるなんてことはあり得ない。そのままにしておけば加齢とともに、さらにいろいろなことが起きることは明らかなわけで、だからきちんとメンテナンスしていただくということで熱心に通っているわけです。
歯科医師と同じぐらい重要な歯科衛生士の役割
中原:
ぼろぼろだった歯を治していただいたのは安藤先生ですが、私がいま1か月おきに通っているメンテナンスではもっぱら、歯科衛生士の殿城さんのお世話になっています。
安藤先生のところにお世話になるようになってわかったのは、歯科はもちろん歯科医の腕が最重要なわけですが、実はそれと同じぐらいに、患者への笑顔の応対も含めた、歯科衛生士のいろいろな意味での技量が重要なんですね。
安藤:
そうです。もう、おっしゃる通りです。
中原:
そういうふうにして、安藤先生や殿城さんの言うことをきちんと聞いて、優等生の患者の立場でずっと面倒を見ていただいていますからね。今日は対談のゲストという形で先生と対面でお話しているのがなんだか落ち着かないというか、とても違和感がある(笑)。
安藤:
でも、やはり最初の1回はメンテナンスに来ても、2回目3回目はなかなか来ないという患者さんはいますよ。幸いにウチの患者さんたちは、中原先生をはじめ優等生の方が多いからいいけど、メンテナンスは継続しなければ意味がないんですね。
中原:
安藤先生のところに優等生の患者が多いということについての理由は、それはもうハッキリしていると思いますよ。スタッフの対応が最高だからです。
安藤:
ありがとうございます。
中原:
私は今、1日に2回ずつ、それぞれ5分以上も時間をかけて歯をていねいに磨いていますが、人間ですからね、どこかやっぱり手抜きになるところがあるんです。すると体は正直ですから、その手抜きした部分がやっぱり悪くなる。
でもメンテナンスに来るたびに、殿城さんがそこを見つけてきちんと対処してくれる。さらに手抜きにならない磨き方とかをていねいに教えてくれる。すると次に来たとき、前回手抜きで出血していたところも「出血が止まっています。ちゃんとブラッシングが出来ていますね」と殿城さんが誉めてくれる。これがとても嬉しい(笑)。
安藤:
きちんとブラッシングが出来ていれば、歯茎の内側のポケットといいまして、歯周病などで骨が溶けて空間が出来ている部分ですけども、そこが治りはしないものの安定して、腫れも引いて、歯茎もきれいで健康的なピンク色を維持できるんですね。
中原:
だけど歯医者さんで誉められると、なんで、あんなに嬉しいのかなぁ(笑)。私も医者ですけど、医者にしても歯医者さんにしても、患者を誉めるということは、案外、やらないですよね。中には威張っている人もある。
安藤:
歯科の場合は、一般の医療以上に、患者さんの自覚といいますか、日ごろの心がけが重要になってきます。だから一緒に治療に参加してもらうという意識が強いですよね、こちら側にも。そういう気持ちが、きちんと言うことを聞いてくれる患者さんをつい「誉めたくなる」という習慣につながっているのかもしれませんね。
中原:
それが殿城さんをはじめとするスタッフに浸透しているというのは、でも、やっぱり先生の教育がいいんだと思うな。
ミスをした後にこそ問われる「プロの仕事」
中原:
それからもう一つ、私が安藤先生を決定的に信頼するようになったキッカケがあります。ずいぶん以前に、インプラント(人工歯根)にしようということで、歯周病でぼろぼろになった歯を1本抜いたことがありましたね。
安藤:
ええ、ええ。
中原:
もうこの歯は使えないから、インプラントにしようと。そのための準備として歯を抜いたわけだけど、抜いた直後に、安藤先生がその歯をじっと見て、何か考え事をしている。私がどうしたのかなと思っていると、先生は突然、「この歯はまだ使える。生きている」というようなことを言った。
安藤:
そうでしたね。
中原:
ハッキリ言って、それは安藤先生のミスですよね(笑)。まだ使える歯を抜いてしまったということは。
安藤:
うーん、まぁ~ちょっと違うんですが、”その通りです”と申しておきます(笑)
中原:
でもね、普通だったら「この歯は使えない」と言われれば、患者はわからないわけですよ。なのに先生は自分のミスをすぐに認めて、それからの対処がまた早かった。これは、まぁ、骨折と一緒ですから、すぐに元のところに歯をくっつければきっちり咬み合いますから、インプラントは止めましょうと。
安藤:
それは再植の技術といいまして、スウェーデンでインプラントの勉強をしたときに習ったものなんです。レントゲンで見てもプローべという治療具を歯茎から挿入して確認してみても、どうやっても根っ子の骨が溶けていて抜かないとダメなように思える歯でも、内部が歯石などに汚染されていなくて、骨はなくても真っ白い歯牙のセメント質の部分が残されていればちゃんと再生できる場合があるわけです。中原先生のケースがまさにそれだったわけですが、これは抜いてみないとわからないということが、ままあるわけです。
中原:
でも、それは黙っていられたら、こっちはわからないわけですからね。それをきちんと説明して、大丈夫だからと。あれからもう4~5年になりますけど、調子いいですよ。 実を言いますと、歯を再植した直後の3日間は、これまでの人生を振り返ってみても何本の指に入るかというぐらいに苦しかった(笑)。再植したところは固定されていますから、当然使ってはダメなわけで、食事をするのにもえらい苦労をした。しかし、それできっちり治ったもんですから、安藤先生への信頼度は決定的になった。
安藤:
ミスはミスとしてきちんと情報開示しないと次善の策が打てませんから。ミスをしたことの謝罪も含めて、その対処もより良い形でちゃんとやるのが、私はプロとして当たり前だと思うんです。
中原:
それが当たり前じゃない人が多いから、医学界の隠蔽体質が相変わらず騒がれているわけです(笑)。それから今、いみじくもプロとおっしゃいましたけど、人間だから誰だってミスはある。だけどそれにすぐ気づいて即座に原状回復できる腕を持っているのも本当のプロですよね。外科医なんかにもそれは言えます。
とにかくあのときの、私の抜いた歯を持ってじっと考えているときの安藤先生の真剣な顔が今も忘れられなくてね(笑)。あれで私の安藤先生への信頼感、信用度はより絶大になったんです。
スタッフの採用基準はスキルより「ハート」
中原:
ところで安藤歯科クリニックのスタッフの採用基準とか、その後の教育とかは、どのような形でやっているんですか?
安藤:
まず採用の場合には、絶対にスキルだけでは決めない、というのが私の方針です。歯科医院に限らず、一般の企業の人などに聞いてみても、ある程度の技術を必要とする職種の採用基準は、当然のようにスキル重視の傾向が強いですよね。
事務系なら「パソコンはどの程度できますか?」、歯科衛生士なら「保健指導の経験はありますか?」「予防処置や診察補助の経験はどの程度ですか?」、歯科医なら「抜歯は得意ですか?」「インプラントはやったことありますか?」というふうに。だけど結局、こういう仕事で最後にものをいうのは、その人の人柄なんですね。
私が考えるに、仕事場における人間の価値というのは、突き詰めると「頭」と「ハート」と「腕」の3ポイントで、ハッキリ言って最初は「頭」も「腕」もいらない。スキル(技術)なんて「やる気」さえあれば、後からいくらでも磨ける。勉強だって後からいくらでも出来る。でも性格は持って生まれたもので、スタッフを採用するときにはそこを見ていかないと、後々、ひどい目にあう。それは自分の経験が言わせることなんですけどね(笑)。
中原:
なるほど。
安藤:
中原先生が最初にいらしたころのクリニックは今から20年前ぐらいに開業したんですけど、最初の1年間は友人たちに手伝ってもらったりしながら、まぁ、順調に推移しました。その後、自前のスタッフをいよいよ採用しようとアルバイト雑誌を通じて募集したんです。そのときの採用基準がやはりスキル重視で、スキルのある者から順位を付けて採用していったわけです。ところがこのときのスタッフがみんな、仕事中の私語は多い、休憩中もロクでもない無駄話ばかりで、誰一人として歯科医療のことを話題にする者などない(笑)。私も若かったものですから、院長室で一人になりますといつもムカムカして、そのストレスでお腹をこわしてばかりいました。
それで最初のスタッフのベースがそうだと、少しずつ入れ替っていくスタッフも朱に交わって、みんな同じような雰囲気になっていく。それである時に意を決しまして、いったん全員辞めてもらうという話をしたんですね。
その上で「明日からこの歯科医院を再建していきたい。ついては、それを手伝いたいと思う者はいないか」と聞いたんです。そうしたらほとんどの者が「やる気はない」といった中で、唯一「私は新しい医院を構築するスタッフになりたい」と言ったのが、中原先生の担当をしている歯科衛生士の殿城でした。
彼女はそのとき、まだ入って1か月ほどのところで、きっとそれまでの雰囲気が自分に合わないとも思っていたんでしょうね。それで私の意見に賛同して、残ってくれたんだと思います。
中原:
そうですか。まさに先生の同志ですね。
安藤:
そうなんです。でも、私も反省しましてね。その失敗は結局、自分が採用の際にその人の人柄ではなく、見せ掛けのスキルだけで判断していたせいでもあったんです。教育をきちんとできなかった責任もある。リーダーとしてひどいレベルだったんだと思います。
歯科クリニックを《癒し》の空間に
安藤:
そこで再開するに当たって思い出したのが、平成2年に留学したスウェーデンのイェーテボリ大学での経験でした。向こうでは歯科医師と歯科衛生士とはまさにパートナー同士。強い信頼感で結ばれている。技術者同士の信頼感という意味もあるけど、もっと根本のところの深い人間関係で結ばれている。ある歯科衛生士などに至っては、大学の歯学部長のことを「彼は私のすべてよ」とまで言う。人間としてもプロの技術者としても深い信頼を寄せていることがその一言でわかりました。
そのことを自分が初めてクリニックを作る際にすっかり忘れていたんですね。それを思い出して、スタッフを単なる部下ではなくパートナーとして信頼していく、またそういうハートの持主を採用していくところから始めて、自分のクリニックを根本から再建していこうと決意したわけです。
中原:
耳が痛いね(笑)。私も大学ではスタッフに対して、日ごろつい部下を使うという感じで接していますからね。それでスタッフには各種の研修なども受けてもらっているんですか?
安藤:
ええ。例えば日本アンチエイジング歯科学会に入会してもらって、そこでサプリメントやアロマテラピーの勉強から、患者さんの眼輪筋をほぐしてシワをなくすための「笑顔のコース」などという講座にも出てもらっています。
そもそも日本アンチエイジング歯科学会の掲げる目標が「1.容姿管理、2.体調管理、3.寿命管理」で、これは私の考え方とも一致するんです。単なる歯科治療だけでなくクリニックを癒しの空間にしてしまおうということですね。
中原:
なるほど。しかし、それも結局、基本の技術がしっかりしているからこそ、バリエーションが広げられるわけですよね。殿城さんに聞いたところでは、昨年の夏にはスウェーデン(イエテボリ大学)に彼女が歯科研修に行ったそうですけど、そういう時間もきちんと取ってあげている。それはなかなか出来ないことですよ。
安藤:
ありがとうございます。
中原:
これは私が勤務する山野美容芸術短大のテーゼでもあるんだけど、美しさの基本はやっぱり「精神美」と「健康美」なんです。心と肉体の健康があって、それが外見の美しさも決めるということですよね。だから歯科の世界の審美やホワイトニングなんかはその典型で、医療と美容の接点だと思います。アンチエイジングの思想は医科の世界にも「日本抗齢医学会」がありますが、人間の生存力の基本は歯を使って食物を咀嚼するところにある。それを司る歯科はいわば抗齢の基本であり、さらに美を維持する基本でもある。
そういう意味合いからも、美容と医療はこれからどんどん接点を広げていくはずですから、先生の着眼点は正しいと思いますね。