第3回 田渕久美子氏
今回のゲストは、NHK大河ドラマ「篤姫」の脚本を手掛けた田渕久美子氏
究極の歯科医を探した苦難の旅路に終止符
田渕さんは安藤歯科に、どのぐらい通われているのですか?
田渕:
間がぼこぼこと空いていますけど、ここ10年以上、何かにつけ通っています。
安藤:
そうですね。東中野で開院して今年で満20年目になりますが、その真ん中よりは前だったはずだから、もう10年以上になりますね。
そもそものきっかけはどのようなことだったんですか?
田渕:
とにかく私は、歯に関しては子供のころから悩みぬいていまして、自分にとっての「いい歯医者さん」を常に求めていました。自分にとってのいい歯医者さんというのはどういう人なのだろうか。そんな人はこの世にいるのだろうか。どういう人と出会えればこの歯の悩みから解放されるのだろうか……。そんなことばかり考えていました。
それから自分はすごく怖がりなので、痛みというものに対して心ある人と出会いたい。患者の立場に立って、痛くない治療をしてくださる方にお会いしたいと。
もちろん技術がきちんとあって、単に痛くないだけでなく、常に最適な治療をしてくださって、ムードのいいところ……。つまり人間性のいい先生のところに行きたいと。
究極のマイ歯科医、ですね。
田渕:
私はもともと、何に対してもものすごく欲の深い人間なんです(笑)。
中でも歯に関しては、悩みが深いぶん、そういう思いが余計に強い。それであちこちの歯医者を転々とし続け、自分にとっての本物の歯医者を探し歩いたのですが、それでも見つからない。
とうとう行き詰って、ある日紀伊国屋書店に行きました。そして「この巨大な書店に並んでいる膨大な数の本の中に、私が一生をかけて頼れる先生を教えてくれる本が必ずある!」と心に念じまして、それでぐるぐると売り場を回っているうちに、ポンと一冊の赤い本に出会って…。
『全国有名歯科医……』というようなタイトルの本でした。それで「ウン?」と何か惹かれるものを感じて開いたところ、安藤先生のお写真と記事があった。まずそのお写真を拝見した瞬間に、「あっ、この人だ!」と(笑)。もう直感ですよね。
人間性が全部お顔に現れていたので、この人なら信用ができる。まずそう思ったんです。そのあと、その紹介記事の文章を読ませていただいて、さらに……。
安藤:
「かみ合わせ」と「審美」についての説明があったはずです。
田渕:
そうです。その両方の文章を読ませていただいて、改めて「あっ、やっぱりこの人だ」と。でも、家から遠いなぁ。家から遠いけれども、そんなことを言っている場合じゃないなぁと。いったんこの人を信任した以上、とにかく行ってみようと。それで診療所のドアをとんとんと叩いたわけです。
主治医を訪ねて三千里(笑)。
田渕:
ご本人にお会いしてみると、やはり予想通りの方で、ああ、この人だったら大丈夫だと思うと同時に、「やっぱり、私の直感ってスゴい!」と。(笑)。
それで私は自分の職業というのを普段は明らかにしないんですけれども、この人には自分の本当の状況、歯のことも日常の状況も含めすべてお話しして、全部知っていただきたいという思いがありましたので、最初の問診票に職業も書き、すべてをさらけ出して診ていただくようになった。それがそもそものきっかけです。
歯科医と患者さんの相性というのは確かにありますね。
田渕:
そのときの私の心境としては、「この人だったら、治療の結果として歯がぼろぼろになるとか、何か大失敗して、とんでもないことになったとしても、絶対に後悔しない!」というほどの覚悟が持てた感じでした。それからはもう安心しきって、もうこれで歯医者さんを一生、あちこち探さないで済むと。
それがお会いしてから今まで10年以上の、私の変わらぬ思いです。
安藤:
私のところに来てくださる患者さんというのは、直感で選んでくれる人が割と多いみたいですね。ある別の患者さんからは「先生は失敗したら腹を切る覚悟でやっているでしょう」といわれたこともあります。実際、私はそのつもりでやっていますから。
だから田渕さんみたいに「失敗されてもいいという覚悟」で来る患者さんを裏切るわけにはいかないというのももちろんありますけど、それ以前に「失敗したらオレは腹切る」と常に思っています。そういう患者さんとそういう歯科医とは、不思議と邂逅するんだね(笑)。そういうことなんだなと、いま田渕さんのお話を聞いていて改めて思いました。
田渕:
なるほど。
安藤:
そこから最高の医療が生まれるんだと思う。
壁を取り払った信頼関係だから心地いい
田渕さんが来られたときの第一印象はどうでしたか?
田渕:
それはもう、その他大勢だよね?
安藤:
いやいや、とにかく目がまっすぐだったんです。だからちょっと、たじたじというか(笑)。これはもう、命がけだぞという感じはしました。歯科医に対する田渕さんの「心情」が重く鋭く、どーんと伝わって来た(笑)。
田渕さんが初めていらしたときの口腔の状態は、どのような感じだったんですか?
田渕:
むし歯もたくさんありましたし、仕事でしょっちゅう歯を食いしばってやっていたので、歯がぼろぼろになりやすかったんですね。で、先生がぼろぼろになって余っている歯を抜いてくれて……。
安藤:
あと、かみ合わせの調整もね、させてもらったと思うけど。
そのようにして田渕さんは安藤歯科クリニックと邂逅したわけですが、それ以前にお付き合いのあった歯科医なり歯科医院なりが田渕さんを満足させなかった最大の要因というのは、例えばどのようなことですか。
田渕:
基本的に医者と患者の間には、壁が常にありますよね。見えない壁もあれば、見える壁もある。それはもうある意味で仕方ないことなので、通常は割り切って付き合うわけです。ただそれはあくまでも医者と患者の客観的、実用的な関係で、そこを乗り越えてまで関係を築きたいとは毛頭思わないし、向こうもそれは絶対に避けようとするでしょう。
ところが安藤先生の場合には、その壁がないんですよね。これを心地いいと感じる人もいれば、これは勘弁してくれと思う人もあるかもしれない(笑)。私の場合は、そういう先生の生き方というか、ありようというのが、すごく好きですね。ある意味、無防備すぎる?(笑)
安藤:
他の生き方、できないから(笑)。
田渕さんに限らず、患者さんに対しては、ぼくはすべてを開けっ広げにしています。
田渕:
私もガラス張りなんですよ。だから安藤先生とは、お互いがズカズカと入りあっている(笑)。お互いに何だって聞いちゃうし、なんだって答えちゃうし。
二人は多分、似た者同士なんです。年齢も一緒ですしね。
安藤:
以前は似すぎていて、いつかぶつかりあうところもあるかなと思ったりしたけど、今は全然そんなこと思わない。
田渕:
私はそんなこと、一度も思ったことありません(笑)。
安藤:
端的に言えば、「わっ、この人、オレの女版だ」と思ったんです(笑)。
生息数激減、「ロマン重視の珍獣」としての生き方
安藤:
それはそれとして、いま田渕さんとお話していて、以前にふと考えたことを思い出したのね。これは最初に会ってしばらくして、患者とドクターの関係から友人同士になってからわかったことなんですけど、一種のミッションといいますか、自分の使命に対する強い思いというようなものが彼女にはあるんですよ。現実よりも、つい夢を重視してしまうというようなことですね。
だけど世の中で安定している人というのは、例えばぼくの友人のある社長さんが「ロマンとソロバン」という表現をしていますが、これは非常にうまい表現です。確かにだいたいそれで説明がつきますよね、安定的な経営の要諦については。
田渕:
なるほど。
安藤:
実際、ぼくの友人で成功している人のほとんどが、「ソロバン6割、ロマン4割」という感じなんです。あるいは「ロマン7割、ソロバン3割」ぐらい。
ぼく自身、もともとソロバン10割の人とは絶対に友達にならないですからね。ものすごく親しくなる人というのはみんなロマンを持っている。でもそういう人はみんな、ロマンが4割ないし3割ぐらいで、向こうはその部分においてぼくと付き合ってくれている。
逆に6割7割の部分では、ソロバンの関係の人たちと付き合っている。そういうあり方というのはとても大人だと思うし、社会的にも非常に安定している。バランスがいい。
だけど、ぼくはロマン9割の人間なんですね。9割というのは、ほとんどロマンの塊で、ソロバンがない(笑)。だからそういう大人のバランス感覚はないというか、欠けている。田渕さんもそうなのね。ロマン9割の人なんです。
田渕:
(笑)
安藤:
いや、ぼくがロマン9割なら、田渕さんはロマン9割2分とか9割3分かもしれない(笑)。だからもうちょっと、ソロバンのことも考えたほうがいいんじゃないかと、田渕さんを見ていると思うこともありますね。
とにかく自分の身を捨てるようにして、体当たりで仕事している。例えば『篤姫』で有名になったセリフ、「女の道は一本道」は彼女そのものなんですよ。篤姫の「一本道」には世間もしびれたと思うけど、ぼくもあの言葉にはしびれた。でもそれは彼女そのものなんですよね。そこがぼくといちばん近い資質なのかなと、いいことも悪いことも含めて、そう思いますね。ぼく自身、自分のミッションとして「患者さんが自分を好きになってくれるお手伝いをする」ということを常に意識していますから、身を捨ててまで仕事に打ち込むという気持ちは非常にわかる。
田渕:
患者さんが自分を好きになるお手伝いをする――というのは、よくわかります。それは安藤歯科クリニックに来ることによって、患者さんに幸福を感じてもらえるようになりたいということですよね。実は私もそうなんです。ドラマを見て感動でき、喜びを感じている、そんな「自分」を喜んでもらえるようなドラマを作りたいんです。私のドラマを見てもらうことで、視聴者のみなさんがそれに感動している自分を発見したり、生きることの喜びを感じてくれたら素晴らしいなと思って、ドラマ作りをしているんです。
面白いドラマを作ってやろうとか、感動するドラマを作ってやろうというような押しつけがましい気持ちは、私の中にはないんです。見てくださる方が自然に喜びを感じてくだされば、それでいいんです。そういう意味ではすごく近いですよね。
安藤:
近いですねぇ(笑)。いま田渕さんは、感動している自分を発見してもらえるようなドラマを……と言ったけど、現代人のいちばんの欠点は、日常的に感動していないことだと思うんですよ。昔に比べて感動する回数が極端に少ない。
田渕:
ええ。
安藤:
だから能面のような顔をして、心の中に何枚もシェルターのような殻をかぶってしまっている人が多い。そんな状態だと、やっぱり自分も好きになれないだろうし、当然、他人のことも好きになれないでしょう。
ぼくはだから、「感動こそ我が人生」と本なんかにも書いているんです。あなたのドラマも、あなたは感動させようとは思っていなくても、見る人は自然に感動する。感動することで自分を包む殻が破れたり、垢が落ちたりする。それはある意味で「心の浄化」ですよね。自分を好きになる作業でもある。
だけど田渕さん、とにかく人のことを心配したり応援したりするよりも、もっと自分を好きになれ、自分をもっと大事にしろと言いたい。この人は自分がぼろぼろになりながらも他人を応援するからね、見ていると…。
田渕:
安藤先生にいわれる筋合いはない(笑)。その言葉はそのまま、安藤先生ご自身に向けた言葉としてお返しします。
安藤:
やっぱり、そうかな(笑)。ま、それはそれとして、ソロバン6割7割の人って、人からの応援がなくても自力でやれるから、羨ましいよね。
田渕:
羨ましいですね。先日もある取材のときに女性記者から言われたんです。これまでいろいろな作家の取材をしてきたけど、あなたほど業の深いモノ書きはいない、まさに現代の珍獣だと(笑)。もうちょっと程よく、しっかりしないと生きていけませんよ、この世では、なんて言われてしまって。
安藤:
だから、さらけだしすぎなんですよ、田渕さんは(笑)。
田渕:
珍獣だし、業が深いから、一生ものを書いていくしかないでしょう。こんな人、見たことないと。なんか、ちょっと悲しかったですけど(笑)。
安藤:
別に悲しむことはないでしょう。それが好きでやっているんだから。
田渕:
そうですよね。そういう意味では安藤先生も相当な珍獣ですね。歯科のことばかり考えながら365日働いても飽きないという人ですから。お互い、珍獣同士で頑張りましょう(笑)。